幸せの青い鳥

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忌明け

先日四十九日が終わりました。
やっと一区切りって感じです。

お墓も決まったので4月に納骨をします。
仏壇も置かないって決めたのですが、モダン仏壇ってのが可愛かったので
箪笥の上にこじんまりと可愛い仏壇が置かれています。

お墓の在り方も変わってきていますし
仏壇の雰囲気も変わってきています。

私なんて輪廻転生を信じていないので、信心の欠片もない冷たい人間です。
残った人に負担がかからないことが一番かなってことを思うのですが。

家の登記も司法書士の先生にお願いしています。
専門家に任すのが一番ですね。

ただ、人がひとり亡くなることで、ほんとうにいろいろと大変なのだと改めて感じています。
そうやってその人がいなくなったことを乗り越えていくのだとも言われますが
父のように順番ならそうも思えても
軽井沢の事故のように、最愛の子がある日突然いなくなることを受け止められるはずがありません。

父のお墓をみに行ったときに、子供と同年代の子が亡くなっていました。
1995-2015とあったので20歳で亡くなったのでしょう・・・とても切ない気持ちになりました。
墓石にはバイクの彫り物があったので、バイクが好きだったのかなとも思います。

子供が先に逝ってはいけない。
これだけは鉄則です。
子供のお葬式をあげるのだけは絶対にあってはならないことです。
そう思うと、親を見送るのは至極普通のことですね。

今日は京都も大雪でした。
私の家は雪に埋もれて、スコップで避けないと家から出れませんでした。
みなさんは大丈夫でしたか?

明日の朝は、思いっきり冷えるようです。
道路が雪道が凍てることで朝の出勤が心配です。

みなさんも気を付けてくださいね。
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お逮夜

仕事が忙しくて、土日もずっと出勤が続いているのですが
なんとかめどが立ち、父のお逮夜のために今日はお休みです。

人が一人亡くなるってことは、精神的にはもちろん、
金銭的にも時間的にも肉体的にも、とっても負担になります。
毎週ごとのお逮夜もなかなか難しく、3回目と7回目にお坊さんに来ていただくことにしました。
今回は少し奮発し、綺麗な花を用意しました。

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家が狭いので結構なボリュウムです。
部屋も暖房しているのですが、夏ではないので結構持ちが良いようで嬉しいです。

我が家は父が次男なのと、私が一人っ子なのでお墓の問題では悩みが付きません。
でも今は、樹木葬とかいう、花壇のようなところにプレートを付けてもらい
最後は永代供養となるのがお勧めだそうです。

お墓を買っても、お守が大変だとかで、お墓離れが進んでいるとか。
お墓と言っても、「和」とか「夢」とか「南無阿弥陀仏」とか言った名前のお墓も多くなっています。
「〇〇家」というとなると、その名字の人しか入れないかららしいです。

難しいですね。
いろいろとこれからも見に行くことになりますが
やはり、お金が必要になるので、ちょっと辛いです。

叔母は、娘が一人いて彼女が独身なので
自分は大学病院の「献体」に申し込んだそうです。
これに登録すると、火葬まで終わって帰ってくるというので、子供に負担をかけないためとのことです。

何が正解ってのはないように思います。
それぞれの家族が、それぞれの範囲で出来ることをすればいいと思うし
お坊さんも、生きている人たちに負担にならないようにとおっしゃいます。

無理に盛大にする必要はないと思いますが、
どこまでが普通で、どこからがゴージャスなのかもわかりません。
ただ、出来る範囲でと思っています。

お仏壇も置かないと母が言うので、お位牌をどのように管理するのかとそれもまた考えないといけません。
今は「モダン仏壇」と言うのがあり、とてもハイカラなものがあり驚いています。

そうそう、お位牌もモダン仕様です

時代は確かに変わっているのだと感じます。
お線香立てやろうそく立ても、ピンクのセットがあるんですよ~
お世話する人が楽しくできるようであればと、お坊さんもおっしゃるのでとても気が楽になります。

次は四十九日です。

銀行が嫌い

私は元々銀行が好きじゃない。
もとい、銀行マンが好きじゃない。

でも生活していく上では仕方がないし、利用はしているけど
どうしても好きじゃない。
お金がない人間だから余計にそう思うのかもしれない。

口座名義人が死亡したら止まってしまってお金が引き出せなくなる。
それは前から聞いていたけど、実際は葬儀費用などで一番お金が必要になるのに
そんなときにお金がおろせないっておかしくないのかなぁ・・・。

成年後見人養成講座の時にも、危なそうだなって思ったら
少しお金をおろしておかないと、ご家族がいらっしゃらない方の場合
とても困るのだと聞いた。

今回の我が家の場合も、葬儀屋さんへの支払いはクレジットカード不可と言われた。
おかしいよなあ・・・。

お葬式から納骨まで結構なお金が必要になるのに
自由にならないなんてほんとおかしい。
銀行が悪いわけじゃないけど・・・。

定期預金って融通が利かない。
やっぱり便利なのは普通預金。
なのに、銀行は定期預金をしてくれと言ってくる。
いざ定期にしたら、解約するときにはいちいちうるさくてなかなか手元に現金がもらえない。

定期預金なんて絶対にしない

一番いいのはタンス貯金かも

宝くじ「当たらないかなぁ~~~

父の人生の終わり

私の大イベント、一万人の第九コンサートが終了した2時間あと、
家の近くまで帰ったときに、父が危篤とスマホに連絡が入りました。

病院へ向かう家族の車に途中から便乗し、向かいましたが間に合わず・・・。
私の第九が終わるのを待つかのように逝ってしまった優しい父でした。

もし前日だったら・・・
もし本番当日だったら・・・

私の性格を知っている父だから、きっと私が心残りにならないようにと
今年最後の第九を歌わせてくれたのだと思います。

お通夜と告別式とバタバタと終わりましたが
これからがいろいろと大変なんですね。。。。

父は次男で、私は一人っ子なので、両親はお墓は買わないと言っていました。
もちろん仏壇も置かないと決めていましたが
実際、こうなるとそうはいかない気がしてきました。
我が家だけでなく、女性だけの家の方も多いと思いますし
結婚しない方も増えています。
昔のような「家」の在り方では無理があるような気がします。

この9月からすっと忙しく、毎週行事が入っていて
旅行も三度も行き、大忙しの連続で第九が最後のイベントでした。
そんな旅行にも他の行事をも、邪魔することなく49日まで予定を立てることが出来ました。

たまたま仕事が忙しい時期ではありますが
行事をキャンセルすることがなかったのは、ありがたいことです。
本当に、すごい父だと思います。

考えれば、今年は大切な文鳥も一羽☆になったし
家族も一人いなくなった・・・寂しい年ではありました。

でもお坊さんのおっしゃるのには
「生まれた時から死ぬ運命である」とのこと。
死ぬことを悲しむのではなく、どう生きるかがすべてだと思います。
83歳の誕生日を迎えて逝った父を悲しむのではなく
病気になって辛かっただろうことを思い遣り、よく頑張ったなあと褒めてあげたい気持ちでいっぱいです。

・・・ちょっと上から目線かも

ってことで、我が家は人間5人と
文鳥16羽・グッピー8匹・ネオンテトラ5匹・金魚4匹・メダカ6匹で
元気にやっていきま~す

暑い中、車で会いに行ってきた。
ひと月に1回しか行くことが出来ないのですが、いつも寝ていることが多い父。
それでも今日は起きていて、少し話すだけで泣き出してしまった。。。

どの程度、私のことが分かっていて、孫のことが分かっているのか不明だけど
辛そうに我慢しつつ泣き顔を見せる父。
痴呆症も随分マシになってきているように思えるのだけれど
それならそれでもっと辛いだろうなぁと思う。

動かない身体。
胃瘻になっているからおいしいものも食べられない。
ずっと寝たきりでただ生きているだけ。

人一倍、健康には気を遣っていたのに
認知症になり、足が動かなくなって検査入院しただけで植物人間のようにされてしまった。
そして、急性期病院から追い出されてしまった・・・。

それをすべてわかっているとしたら、辛いだろうなぁ・・・。

堪えて泣く姿を見るのも悲しかった。
どうしてあげたらいいのかもわからない。

健康は何よりも大切だと思わずにはいられない。
そして一番大事なのは、病院選び。
失敗したからこんなことになってしまった・・・。

時が戻ればやり直したい。

父の永遠の棲み処

去年の今頃は認知症だったけど元気だった父。
介護度は2だったし、デイケアに週3回行っていたけど元気だった。

なのに、12月半ばに検査入院したばかりに、寝たきりになり
最後には”廃人”と主治医に言われて、退院を余儀なくされた。

とにかく早く出てほしいと言われて、
結局一番に空いたのが家からはとっても遠いここ↓
【なごみの里病院】  HP

胃瘻を付けているので普通の施設では看てもらえません。
それもすべて、主治医が決めたことなんですが・・・。

言葉も話せなくなり、右腕も動かなくなっていました。
もちろん寝たきりで、首も上を向いたまま動くことも出来ません。
介護度5になりました。

そんな状態で入所となりましたが、他の病院とは違い、看取りまでお世話になれます。

悲しいかな、同じような状態のお年寄りばかりがいます。
長生きするってどういうことでしょうか。。。。

祖母の時にも思いましたが、これを生きているというのでしょうか・・・。

父は声掛けすると反応するので、せめてもの救いです。
でもどうしてほしいのかもわからず、いたたまれなくなって帰ります。
父の気持ちがわかるのは、自分がそういう立場になったときでしょう。
その時に後悔しても遅いのですが。

なごみの里はとても広くて綺麗です。
今までの病院とは雲泥の差。
解放感もありますし、そういう意味では良かったのかもしれません。

1階の入ってすぐのところです。
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健康第一

引っ越しと言っても私ではありません。
去年の4月に介護2と言われた父が、たった8ヶ月で介護5になりました。

病院の先生曰く『廃人』

今まで話に聞いていたようなことが現実になりました。
私たちのこともわからず、おむつと胃瘻で生きている父。
これを人間が生きているというのだろうか・・・と思うこともシバシバ。

急性期が済んだので、早く病院を出るようにとのお達しに
あちこちの施設を探しました。
もちろん家の近くなんてありません。
特養なんて何百人待ち・・・。
「それまでは待てません」と病院側に言われ、仕方なく土曜日に一件見に行ってきました。

その話も、この2週間前に言われたところです。
病院の相談員さんから電話があり、仕事を休んで母と行きました。
主治医は3月に胃瘻の手術の時以来です。

それを主治医という?

去年の12月に原因不明の足の腫れに検査入院し、1ヶ月で動けなくなった父。
それまでかかっていた認知症の先生の診察は一切なく
放置状態でどんどん痴呆が進みました。

私も母も不信感でいっぱいです。
進行性核上性麻痺だと言われ、そのために急に悪くなったと主治医は言いました。
難病のため医療費はタダになるとまで言い切ったのに
「その話はどうなりました?」と聞くと
「もう廃人になってしまったので、今から申請してもおりないでしょう」と。

じゃあなぜその時に言ってくれなかったのか?
そういうと、こちらもバタバタしていたという。

もうあまりの仕打ちに呆れるやら、むかつくやら・・・。

医者にとって患者は何なんだろう?
家族への配慮は医者の仕事じゃない?

急性期から慢性期病棟へ移ったこの春から
あまりにも待遇が違いました。
簡単に言うと「放ったまま!」

急性期の看護師さんたちは、
一生懸命ボケないように話しかけたりテレビをかけてくれたりしてました。
汚れた服の始末もしてくださってましたが
今のところは放りっぱなし・・・。

確かに父にはわからないでしょうけどね。。。

ってことで、出来ることはもう少し良いところに移ること。
早く出ろと言うならば、それでいいわと思います。

父の場合は、医療療養型の施設になります。
特養では対応も出来ないようです。

施設もいろいろあるんですね。
初めて知りました。

結局一番遠いところでしたが、地下鉄を乗り継いで行ってきました。
実際のところはわからないのですが、広くてゆったりとして素敵な感じのところでした。
最後の看取りまでお願いできるそうです。

費用は住民税がかかる人とかからない人
かからない人の中で所得によって3段階に分かれてました。
今のままなら病院の費用と変わらないお金で入れそうです。

問題は空きがないこと。
しばらく待たないといけないようです。

祖母の時には、少し待つだけですぐに入れました。
父の時には何か月から何年か待つことになります。
私の時にはきっと、ベッドはいっぱいで看護師も足りず
自宅になるだろうと言われています。

おそろしい・・・。

でも戦後生まれは長生きできないと思いますから
そんなに心配しないでも良いのかな。

子どもたちに迷惑かけないようでいたいです。

私は一人っ子なので今回は母と二人で動いていますが
母が具合が悪くなったらどうしたら良いのだろう・・・と不安です。
子どもたちが少しでも親身になってくれると良いのですが・・・。

介護の問題は他人事ではありません。
認知症、肺炎、癌、脳梗塞・・・などなど・・・。
子どもが大きくなったら次は親の面倒です。
そして次は自分が動けなくなる。

そうして命は巡っていくのですね。

お金があっても、地位が高くても
元気でなければ意味がありません。

いつまでも元気でいられたらと、心から思います。
皆様も健康には十分気を付けてくださいね。

胃瘻について

ネットニュースで見つけました。

終末期医療のタブー!? なぜ欧米にはいない「寝たきり老人」が、日本は200万人もいるのか?

父は今では、寝たきりです。
胃瘻をつけているので、人として出来ることは何も出来ません。
会話が出来ない
歩けない
誰ともコミニューケーションとれない(痴呆のため)
食事も飲むことも出来ない

胃瘻にすることで、口から何も入らないので、口内雑菌が溜まります。
口の中がパリパリに乾くのでそのケアも必要です。
口内雑菌で肺炎もおこします。

祖母の時にも思ったのですが、こうなると見ているのも辛いです。
胃瘻にしないで、そのまま看取ってあげたら良かったと母とは話しています。

痛みは感じるので、注射を打たれたりすると(出来る範囲で)暴れます。
誰のことももうわかりません。。。

このニュースを読むと、欧米では胃瘻をしないようです。
それで良いのだと私は思います。
父の時は病院側から、胃瘻にしないとすぐにも死んでしまうという感じで言われました。
チューブを繋いだままでは可哀そうだと・・・。

確かにそうでした。

でも長い目で見ると間違っていたように思います。

病院側は胃瘻にすることで、点数も取れるので儲かります。
入院中もそのケア代も収入として入ります。
生きている間、年金も払われますし、医療費も使われます。

これが今の老人問題の根源ではないでしょうか。

意識もはっきりしている人や、たまたま食べれないから胃瘻にしている人などはそれでいいのですが
父のように、ただの寝たきり状態になっている老人を敢えて、
胃瘻にして延命治療をする意味が本当にあるのでしょうか。

そのために、高齢の母も忙しい思いをしています。
家では看れないので、こらからまた、老人ホームを探さないといけません。
こんなことは我が家だけではないようです。
今の医療の在り方を疑問に思います。
生きながらえさすことよりも、人間としての尊厳を大事にして自然に看取ることの大切さを感じます。

もし、高齢者の方に胃瘻を病院で勧められたら
じっくり考えてみてください。

病院側は言います
「今、胃瘻にしても、また食べられるようになったらいつでも外せます」と。
でも考えてみてください
若い人ならそう言うこともあるでしょうけど
高齢で、アルツハイマーもある人で日々身体は衰えていくのです。
今まで出来たことが出来なくなっていくのに、食べられるようになるなんてほとんどありえないと思います。

心臓がある日、動かなくなるまで続くのです。
不自由さ、痛み、羞恥、孤独・・・そんなものを感じるとしたら・・・ですが。

つい去年の12月まで身体は元気だった父です。
足が腫れて検査入院したために、急に悪くなりました。
出来れば病院には入院しないほうが良いですね。

医者は本当に患者のことを思っているのか・・・。
あくまで経営だけなのか・・・。
そんな風に思ってしまうのがとても悲しいです。

今年は寒くなったり、急に暖かくなったりと変な気温の毎日ですが
毎年忘れずに桜は咲いてくれます。
今年は咲かないのかと思っていましたが、綺麗に咲きました。

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病院で寝たきりの父に、枝を一本切って持っていきました。
花瓶に差していても、部屋が暖かいのですぐに枯れましたが
自分が育てていた桜がわかったでしょうか・・・。

一年に一回しか咲かない桜。
100回見れる人はそうそういないのです。
あと何回見れるのだろう・・・そう思うと、桜を見れることに感謝です。

病室の桜が枯れたので、家の桜の写真を写真立てに入れて枕元に置いています。

父を車いすに乗せて見に行くなんてことは、ちょっと無理っぽいのですが
元気になることがあったら、見せてあげたいな・・・。

桜はやっぱり素敵です。

重なる

父が胃瘻の手術を受けました。

母と悩んで結果がなかなか出せずにいましたが
チューブで繋がれていることが可哀想だ、という主治医の意見に賛同しました。
それに肺炎にもなりにくいとのことです。

父の病気は4月に、アルツハイマー型認知症と診断されて
半年の間に、字も書けなくなり
目つきもおかしくボーっとする日が続き
よくこけるようになりました。

会話もつながらなくなってきていましたし
一日中、うとうとし始めました。

そして12月、急に歩けなくなり、検査のため病院へ。

それから半月。
肺炎と栄養状態が悪いらしく、白血球値が高いからと入院を余儀なくされて
半月の間に、トイレは自分で出来なくなり
会話もまったく出来なくて、食事も食べられなくなりました。

あまりの進行の早さに、驚き
主治医に尋ねてみると、進行状態の速さから
進行性核上性麻痺であろうとのことでした。

それまでにも、結核ではないかと菌も出ていないのに結核の治療をされたり
毎日、検査検査で右往左往している状態でしたから
今は悪い症状ではありますが、落ち着いた状態と言われました。

結局、栄養チューブのままでは、将来施設にも入れないし・・・といわれました。
もう、家に歩いて帰れることはないだろうと。
胃瘻にして、少しでも元気になってくれると良いのですが・・・。

胃瘻を母は知りませんでした。
私もおぼろげにしか知りませんでしたが、胃にもう一つの口を作り
そこから食堂を通さずに、栄養を胃に入れるとのことです。
血管に栄養を入れるようりもリスクは低いとも聞いたのですが
この選択が良かったのかどうかはわかりません。

昨日は確定申告で忙しい中、病院に行きましたが
母が今度はこけて、足のひざのお皿を真っ二つに割ってしまいました。
ギブスを付けたまま、2週間様子を見るとのことです。

私が、代わりに行ける範囲で病院に行ったり
今まで母がしていた家の用事を、みんなで役割分担しないいけません。

悪いことは重なるものです。
ネガティブになってはいけないのですが・・・。

親が80歳を超えて、いよいよってことなのかもしれません。
80歳を超えた人は、元気だといいます。
その山を越えることが出来れば・・・。

歳がいくと言うことは、自然の摂理です。
誰もが平等に死をいつかは迎えます。

それまでをどう過ごすのか、いろいろと考えさせられる今日この頃です。
健康のありがたさを感じました。

進行性核上性麻痺

父のこと。

去年の12月の始めに、"サービス付き高齢者向き住宅"を見に行きました。
その前には母と、グループホームも見に行きました。
グループホームは認知症の人ばかり9人を"見守り"ということで看てくれます。
が、費用が月20万は要るということで、却下

父と一つしか変わらない母が父の世話をするのも限界っぽいことと
朝は5時半から夜は1時ごろまで起きている私たちと同居することで、生活のリズムがつかめず辛そうなことを考えました。
今行っているデイケアは週3回で、ひと月一回のショートステイを続けているのですが、父も見に行き、気に入った感じでした。

ところがそのすぐ後に、こけて頭から流血事件。
その後は、急な歩行困難で入院と、12月は驚くことが重なりました。

ちょっとした入院かと思っていたら、その後どんどん悪くなり
検査結果を突き付けられて、「延命治療はどうしますか?」と年末に言われました。
白血球はどんどん上がるのですが、病名が見つからず、結核治療までおこなわれています。
その合間にも何度も肺炎になり、遂には食事が摂れなくなりました。

飲み込む力が無くなってきたようです。
すでに歩くことも出来ません。

あんなに元気だったのに・・・と思わずにはいられません。
認知症ではあったのですが、細くても身体だけは丈夫でした。
歩けなくなって病院に行ったときも、しっかりと食べていたのですが入院の1ヶ月で悪化です。

先日母が聞いてきたところでは、胃瘻をしてはどうかとのことでした。
私の友達の親御さんも、胃瘻をされていたことを聞いていたので、遂に来たか・・・という気持ちでしたが
母にとっては晴天の霹靂です。

今日は仕事を休んで、主治医と看護師さんと病院のケアマネさんと5人で説明を聞きました。
先ず私が疑っていた、パーキンソン病は、すでに薬を使われていたが今のところ効き目がなく
パーキンソン病はもっと緩やかに進んでいく病気なので、違うだろうとのこと。

たぶんこれだろう・・・とのことで
"進行性核上性麻痺"という名前を教えてもらいました。

難病だそうです。。。。

症状でも、当てはまることがいっぱいあります。
そういえば・・・と、思うことがいっぱい・・・。

たぶんこのまま、家に帰ることは出来ないだろうとのことでした。

今や父は食べることも出来ず、寝たきりです。
鼻からはチューブで薬を入れ、足の股関節からは食べられないため栄養を入れています。
認知症でチューブを外すので、手にはミトンをはめられています。

そして、意識があるのかないのか話しかけても反応がありません。。。

胃瘻をするのかしないのかは家族が決めることです。
胃瘻にすると、肺への誤飲もなくなり感染症も起こさず、肺炎にもなりにくいこと。
股関節から入れているチューブも外せるし、ミトンも外せる。
看護師さんたちのお世話も楽になる。
もし、将来的に特別養護老人ホームに入る場合も、胃瘻のほうが受け入れてもらいやすい。
一番、良いのは本人にとっても栄養が胃に入るので、体力が付きやすくなること。
などなど。

もちろん、デメリットもありますが。

ただ、胃瘻は延命処置なため、それが今の父にとって良い事なのかどうなのか。
そこが問題になります。
本人にはもう決めることが出来ないのですから、私と母が決めます。

今日はとってもしんどい日でした。

祖母が長い間、特養に入って最後は寝たきり状態で亡くなった時のことを思い出します。
これが生きているということなのかと、ただ口を開けて動かずにいる祖母をみて思いました。

今、父が胃瘻を付けることで、生かされることになってしまわないのか・・・。

進行性核上性麻痺はどんどん動けなくなっていくので、このままだと治療薬もないため
ただ生かされているってことになるかもしれません。

難しいです。

今年は試練の年かもしれません

長々と読んでいただき、ありがとうございました。
どうか、この病気のことをご存知の方がいらしたら、教えてください。

父の病気

12月から入院することになり、どんどん悪くなっていく父ですが
病院に居る間にどんどん悪化していきます。

結核でもないのに結核の治療をさせられて、納得もいかないし
身体もどんどん動かなくなっていき
なんと、食べ物を飲み込むことも出来なくなっていっているようです。

病院に居ながらこの1ヶ月で悪化するとはなんということなのでしょう。
病院に外来で行った前日まで、普通にしていた父です。

80歳と言う年齢がそうさせるのか・・・。

胃瘻をするようにとの話が出ていますが
これは延命措置になるのでしょうか・・・。

一年前までは普通の父でしたが、4月にアルツハイマーだと言われて半年の間に人間としての機能が無くなっていきました。
どうしても納得いかない・・・。

アルツハイマーなので、点滴の管を自分で抜くのです。
治療が出来ないとのことで、手にミトンをはめられています。

祖母の時にも、人間としての尊厳は?と思うようなこともあったので
またまた、不思議に思います。

医学が発達してきた分、人間の「生」についても変わってきているのでしょうね。
なんだかなぁ・・・。

これからどうなるのか、とても不安です。

甘えすぎの父

父がアルツハイマーと診断されて早や2か月と少し
その間にどんどん症状が進み
お風呂でも身体を洗うのを忘れたり、脱いだ服と新しい服もわからなくなり
今言ったことも覚えていない状態になっています。

それでも本人は自分が合っていると言い切るので結構しんどい。。。

私は朝と夜しか会わないけれど
一日中一緒にいる母は大変疲れています。

デイケアに週回行くようになったのですが
その間だけが母がゆっくりできる時間です。

姿勢も悪いので腰が痛くなり、また病院通いに母が付いていくことになったり
どこも一人では行けなくなった父を見ていて
これが日本の未来かと思うと・・・悲しい

テレビや本でも毎日のように"認知症"のことを話題としているけど
結局解決策はないもないわけで、抱えている家族の負担はそれはそれは大変なのです。

そんな中、父はデイケアに行ったり、認知症の治療に行くと
いつもみんなに優しくしてもらうので、それが当たり前になってきたようです。

動かないとどんどん筋肉が低下するので、家では出来ることはしてもらっていますし
忘れないように強く声掛けすることも多いのですが
"患者"となるとちやほやしてもらえるので、とてもワガママになりました。

やってもらってあたりまえ
かばってもらってあたりまえ

そんな姿を母は悲しんでいます。

手をかすことも必要だし、優しくすることも必要ですが
時として叱ることも必要なのではないでしょうか。

歳がいくことは子供に返ることです。
ワガママになり、日常のことが出来ない、いずれはトイレも行けなくなり
食事もお箸も使えなくなるのでしょう。

子供だからと甘やかすのではなく、導くしつけと同じで
歩けるところは歩くとか、ワガママ言ったら叱るとか
そういうことをして欲しいのです。

母と父は一つしか変わりません。
でも、ずっと動いているので私よりも歩くのも早いし、元気で頭の回転も速いのです。
その母が言います。

父は甘えすぎていると。

年寄りを助けることは必要です。
でも出来ることを奪ってはいないのでしょうか?
年寄りもそれが楽だからと、待つ人間になり、いつしか動けなくなる・・・。

父を見ていてそう思います。

歩くことと、食べ物を噛んでしっかりと食べること
この二つは元気で長生き出来るために必要なことだと思います。

2週間ほど前、軽い肺炎で父は入院しました。
洗濯物を取りに母は毎日行くのですが、私は時折しかいけません。
その都度、反応も鈍くなっている父に出会い、驚いています。

認知症の人が入院するとボケが進むと聞きますが、本当にその通りです。
帰ってきたら、今まで出来たことも出来なくなっているような気がして怖いです。

これからどうなるのでしょう・・・。

最後に・・・
あくまで私の父を通しての私の意見なので、
身体が悪い方や他のお年寄りに対して文句を言っているのではありません。

介護の方や、看護師さんが優しいことには感謝しています。
それがわからず、ワガママ言い放題の父に腹が立ち、もっと反発してもらっても良いのになって思うだけです。

関係者の方、どうぞ気を悪くされませんように・・・。

でもほんと、介護の皆さん、ありがとう。
家族だけで看るなんてとてもできません。

感謝しています

7月になった

早いもので7月ですね。

今年は人生の転機になるかもしれない・・・そんな感じ

最近はとても仕事が忙しく、リアル友達と会う時間捻出が難しいのです。
それに加えて、父のアルツハイマーがどんどん進み
一人で放ってはいけない状況に・・・。

長生きするってどういうことでしょうか。

最近の番組や本でも"認知症"の話題がよく上がります。
それほど悩んでいる人や家族が多いと言うことです。
なのに、国は何もしてくれない。
反対に、特養に入る人を制限し、自宅で看るような方針を打ち出す始末。
これってどうなんでしょうか。。。。

認知症になった人のことは、24時間一緒に居る人にしかわかりません。
数時間だけではわからないのです。
周りがどれほど精神的に疲れ果ててしまうのかは、家族しかわかりません。

それを今回知りました。

今まで穏やかだった人が、わけのわからないことをいい、狂暴化するんです。
自分の中では自分の考えが正しいから、それ以外の人が自分を攻撃していると思うようです。
順序立てて話をしても、話している間に初めのことを忘れるので通じません。

私の祖父はそこまでボケることもなく、病気で他界しました。
祖母2年前に96歳で亡くなりましたが、時折しか病院にいかなかったので本当のところはわからなかったのが事実です。

もし、自分が父のようになったら・・・と思うと
身体にスイッチがあって、その時は安楽死が出来るようにON出来たらいいなって思います。

自分の最後の日を自分で選べたら良いのにな・・・。

でもこれも今が元気だから思うことで、年老いてきたら残りの人生を考えて死にたくないって思うのでしょうね。
そう思うと、今が忙しいのは嬉しいことなんでしょう。
やっぱり、今は自分の目でしか見れないようです。

アルツハイマーになったら、どんな気持ちなのか、どんなふうに思うのか・・・。
いつか年老いたときに、今の父の気持ちがわかるのでしょう。
それでは遅いのですけどね。

私だけではないのだけれど、とっても重い気持ちです。

認定がおりない

父の病気
まだ介護認定がおりません。

病院の意見書が提出されていないようなのです。
月一の診療の日も、家族の話もあまり聞かないし
私と母は、転院も考え中。

その間にもどんどん、父のボケは加速中です。

お風呂の時に、着替える服と洗う服がわかりません。
そのくせ、急に怒り出したり手が出て困っています。

この数か月でひどくなりました。
言葉もはっきりしない時が・・・。

そのくせ、病院ではなぜかはっきり応えているので介護認定もどうなることやら・・・。
父が家にいると、家族中がちょっと大変です。

そのうち、もっとひどくなるのでしょうね。

高齢になっても元気な人もたくさんいらっしゃいますが
どういう人がアルツハイマーになるのでしょうか。
遺伝?

認知症の家族が悲観して殺してしまうニュースをよく聞きます。
今まで他人事でしたが・・・すごく悲惨です。
ずっとボケて何もわからないほうがやりやすいのですが
勝手にモノをしまい込んだり、捨てたり、切ったり・・・いろんなことをやってくれます。

子どもの手が離れたら今度は親。
そうして次は自分がそうなるんですね。

なんだか暗くなる毎日です。

だからこそ、何かを見つけて夢中になりたい。
そんな気がします。

父も可愛そうだけど
母はもっと可愛そう・・・。

朝から晩まで目が離せない父。
何とかならないのかな・・・。

通院の日

今日は父の神経内科の診察に付いていきました。
もう母はすっかり疲れて果てています・・・。

今日は、薬を処方してもらいました。
「アリセプト3mg」からのスタートです。
これは新薬ではなく、もう長いこと使われている薬で安心だとのことです。
4種類の治療薬があるのですが、画期的なものではないらしく
3種類は同じ成分でそれを組合すことは出来ず、残り一つは張り薬なので、他のと組み合わせることが可能だそうです。

どれにするかは家族は決めるとのことですが、わからないです・・・。
で、結局オーソドックスな薬にしました。
とりあえず、2週間お試し服用です。

先生や他人さんの前では大人しく従順なんですが
家ではキレて暴力的になります。

困ったなぁ・・・。

次は2週間後に予約です。
もっとこういう病院があると良いのになって思います。
家族が仕事を休まず、負担にならない介護が出来るのが理想です。

子育てが終わったら親のことで振り回されて
それが終わったら次は自分。
・・・なんて思うと暗くなりますが、この歳で彼氏が出来た人もいるので羨ましい限りです。

自分の人生だし、好きに生きたいとは思うものの
なかなかそうはいかないものです。
それでも後悔しないように生きていきたいなと思います。

暗くならず
明るく

家族が楽しいと思えるような家でありたいものです。

アルツハイマー型認知症

この前、クロが亡くなってから直ぐ、一緒にいたメスの文鳥(ナイ)が具合が悪くなった。
同じように身体を膨らませて元気がなくなっているので、今度は様子を見ることもなく病院へ連れてった。
クロの二の舞はごめんだ・・・と、隣の市まで車で1時間・・・

なかなか鳥を診てくれる動物病院はない。
門前払いはまだ許せても、受け入れておきながら触りもしない医者も居る。
今回の動物病院は奥さんが鳥やちょっと変わった動物専門らしく、ちゃんと診てくれた。

おかげ様でお薬を飲ませて、ヒーター点けて、やっと昨日の夜から元気になってきた。
元気になってきたら、外に出してほしいとうるさいうるさい・・。

でも良かったな~~~と胸をなでおろす反面
クロの時にどうして一日様子をみてしまったのかと・・・後悔ばかり・・・

クロを探しているナイちゃんが不憫でたまらない・・・。
判らないんだよなぁ・・・。
きっとお空の上から見守ってくれたんだよとつぶやくのが精一杯。

そんな今朝、庭で眠っているクロの上に植えてあった花が無くなっていた。
父が抜いたらしい
半年前は、一番甘いみかんの木も抜いて捨てていた。
みかんの木は、アゲハチョウの幼虫のために育てていたのに・・・。

アルツハイマーだの認知症だのと、世の中の年寄りの何割がこの病気に罹っているんだろ。
病気だから仕方がないって言うけれど、家族は堪ったもんじゃない。
朝から晩まで、自分の好き勝手に行動して、「覚えてへん・・・」で済むんだから・・・。
時間も日にちもわからなくて、今朝も朝早くに起こされた母が噴火山のように怒っていた。

認知症って国民病でしょ。
平均寿命が延びて、高齢者が増えることは悪いことじゃないけど
祖母のように、動けずただ病院のベッドに口を開けたまま寝かされていたのをみると
どうしても生きていることが幸せとは思えない。
いつか父も同じようになるのだろう。

以前も大切なペットを逃がしたのも父。
自分が悪いとも思えないから始末が悪い。
何もしてくれるなと言っても気づくと面倒掛けることをやっている。

正直、私もこの1か月介護保険の事で仕事も休んで大変なんだけど・・・。
老いるとはこういうことなんだろうか・・・。
他人さんは一緒に住んでないから、優しい言葉を言えるけど
私たちは無理だなぁ・・・。

友達たちのご両親たちも同じような感じで、病院に入ったりしている。
「捨てられた!」と泣きわめく母を泣きながらホームに入れたと言った友達。
「いい思い出だけを残すためには、これが一番いいのです」と専門の人らのアドバイスだったらしいけど、気持ちはすっごく判る。

穏やかだった父が変わってしまった。。。

私もこんな風にならないとは言えない。
そう思うと、老いることがとても怖い。

死にたい時に、楽に死ねる何かが有ればいいのに。
心からそう思う。
水中時計
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春

Author:春
来ていただいてありがとう(*^-^)
不定期更新で綴ってます。

この絵は娘が書いてくれた青い鳥です
幸せいっぱいみんなに降りますように♪

幸せの青い鳥は自分の心の中にいるのです。

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